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カメラと日常の覚書

「1時間で800字」を書いていたら、また下書き行きになりかけた話

昨日、「1時間で800字書く技術」という記事を公開した。シンプルな3ステップを紹介する、実用的なハウツー記事だ。

だが、実はあの記事、公開直前に下書き行きになりかけていた。

「1時間で書く方法」を書きながら、私は再び完璧主義の罠にハマった。その葛藤を、今日は記録として残しておきたい。

最初の記事:シンプルだが、面白味がない

11:40、執筆開始。準備15分、執筆40分、仕上げ5分——シンプルな3ステップで記事を書き上げた。12:20、完成。時間内に仕上がった。

だが、読み返して思った。「これ、面白くない」

どこにでもある時間管理術だ。誰でも書ける内容。そこら辺のゴミと同じ。読む価値がない。私らしさが何もない。

「もう一ひねり、Tipsが欲しい」——その声が聞こえた。

修正版:面白いが、テーマがぶれる

そこで追加したのが、「調べたい誘惑を断つ」というセクションだ。

書き上げた後、「もっと調べよう」と思ってしまう。その誘惑が記事を完成させない。だから、書いた後は調べない——これは、私だけの体験だ。他の人は書けない内容。

これは面白い。

だが、読み返して気づいた。何の記事だったっけ?「1時間で書く話」だったのか、「調べない話」だったのか。テーマがぶれている。タイトルも変えた。構成も変わった。これは別の記事になっていた。

そして今、また手が止まった

最初の版に戻すべきか?でも面白味がない。

修正版で行くべきか?でもテーマがぶれる。

どっちにすべきか悩んで、時間が止まる。12:35。あと5分で制限時間だ。でも、公開ボタンが押せない。

これが、下書きが完成しない瞬間だ。

「シンプルすぎても、複雑すぎても、何かが足りない」——完璧な記事など、最初から存在しない。

だから、40%で出す

結局、私は決めた。修正版で行く。

理由?時計が12:40を指していたから。

完璧な記事は存在しない。シンプルでも、複雑でも、必ず何かが足りない。だから、どちらかを選んで、出す。 時間が来たら、そこで終わり。

そして今日、この葛藤自体を記事にしている。

「1時間で書く方法」を書きながら、リアルタイムで下書き行きになりかけた。その失敗を、今、記録として出す。これもまた、40%だ。完璧ではない。でも、リアルだ。

昨日の記事は「理論」だった。今日の記事は「実践」だ。理論通りにはいかない。葛藤する。迷う。それでも、出す。

それが、下書きフォルダを空にする、唯一の方法だから。