カメラと

カメラと日常の覚書

初めての写真イベント、夕飯の誘いから始まった夜

「ちょっと早いけど、夕飯でもどうですか?」

あの一言がなければ、今頃、午前中のセミナーについては気にも留めなかっただろう。

写真関連のイベント会場にて

これまで写真関連のイベントに行くとき、私はいつも受け身だった。セミナーを聞いて、展示を見て、帰る。それで十分だと思っていた。写真は一人で撮るものだし、知らない人に話しかけるのはなんとなく気が引ける。カメラを持っていれば孤独は気にならない。

でも、今回は違った。

行くまで

このイベントの存在は前から知っていた。前回も開催されたが、仕事で行けなかった。そのときSNSで流れてくる参加者の投稿を見て、行けなかった悔しさを覚えている。

だから今回は絶対に行くと決めていた。

とはいえ期待していたのは、特定のセミナーを聞いて、印刷してもらった作品を受け取ることだけ。目的は明確で、用が済んだら帰るつもりだった。蓋を開けるまでは。

会場で

会場に着いてプログラムを確認すると、知らないセッションがいくつもある。直感で飛び込んだ開発者トークでは、最新のレンズがどうやって軽く、速くなったのか——エンジニアの言葉の端々に滲むこだわりに引き込まれた。別のセミナーでは、プリントとモニターで脳の使う領域が違うという話を聞き、帰宅後に自分のプリントを見直した。

「なるほど、写真ってこんなに奥があったのか」

その感覚だけで、来た価値があった。

知った顔

ふと会場を見渡すと、見覚えのある顔があった。

数年前の別のイベントで初めて会った人、一年前にまた別のイベントで偶然隣になった人。同じコミュニティのイベントを点々としていると、同じ顔に出会うものらしい。

「また会えましたね」

たった一言。その一言で、それまでちょっとした居場所を探していた自分に気づいた。

自分はこのコミュニティに「所属している」実感なんて持っていなかった。年に一度あるかどうかのペースでイベントに顔を出す程度。それでも、続けていると覚えていてくれる人がいる。それが不思議で、ありたかった。

蕎麦屋

懇親会が終わり、帰ろうとしたとき——数人の流れに巻き込まれて、気づけば近くの蕎麦屋に

気づけば近くの蕎麦屋でアフター
いた。

テーブルを囲んで、さっきまで話していた続きの機材談義。スマホを取り出してお互いの作例を見せ合う。午前中のセッションに参加した人の話を聞いて、これは「次は絶対に朝から来よう」と心に決めた。

気がつけば、かなり遅い時間になっていた。

「やばい、そろそろ帰らねば」

店を出るまで、写真の話をしていた。

気づいたこと

家に帰って考えた。

私はずっと「写真を撮る技術」を磨くことだけが、写真家としての成長だと思っていた。でも、そうじゃないのかもしれない。技術は一人でも磨ける。でも、「写真家としての視点」は、誰かと話さないと広がらない。

午前中のセッションを聞き逃した話も、帰りの電車を忘れるほど語り合った夜も、全部「たまたま行ったから」起きたことだった。計画して得られるものと、計画しないから得られるものがある。

コミュニティは「所属する」ものじゃない。「出続ける」ものだ。

年に数回、たまたま顔を出すだけでも、点と点がいつか線になる。そしてその線の上で、自分でも予想しなかった話が生まれる。

次は

次も行こうと思う。そのときは朝から行く。そしてまた、あの蕎麦屋に行くかもしれない。