カメラと

カメラと日常の覚書

1度に試す新要素は1つだけ

「ワンカットで全てを把握しろ。」と本記事で書こうとしている「変えるのは1つずつ」は、矛盾しているようでしていない。 まずはそれだけ伝えたい。

「ワンカットで全てを把握しろ」

昔、アシスタントとして参加していた現場があった。
webサイトの対談や芸能の撮影を回しているカメラマンのアシスタントで、何度か立ち会った時に言われた言葉がある。

「ワンカットのテストで全てを把握しろ。2枚目で成功させろ!」と。

シャッタースピード、F値、ISO感度、ライトやストロボとの関連 。 一度のテストカットでそれらを同時に判断し、本番に備える。

複数の変数を同時に扱えということだ。
プロの現場ではそれが当たり前なのだろう。

確かにその通りだと思う。

だが、その教えと、本記事で書こうとしている「変えるのは1つずつ」は、矛盾しているようでフェーズが違う。そう考えるようになった。

新しいものを試したい気持ちと、その落とし穴

久しぶりに使うフィルター、買ったまま試せていなかった新しい三脚、
最近のファームウェア更新で増えた撮影機能、どこかで見た構図のアイデア

これらが一度に頭の中に並ぶと、
「今日はあれも試せる、これも試せる」
と欲張りたくなるのが人情というものだ。

そして欲張った結果、何が起きるかというと、全部が中途半端に終わる。
一つ一つの経験値が薄まり、「なんかうまくいかなかった日」という消化不良だけが残る。

実例を挙げよう。

ある時、手持ちハイレゾという、カメラを手持ちのまま高解像度で撮影できる機能を試すついでに、
普段使わないフィルターも持ち出し、新しい三脚も並行して使い始め、さらに構図もいつもと変えてみた。

結果、ハイレゾは被写体ブレで大半が失敗したけれど、それが風のせいなのか設定ミスなのか切り分けられず、
フィルターの効果もいまいち判断できず、三脚の操作にも終始戸惑い、構図の良し悪しも評価できないまま一日が終わった。

別の時には、三脚を現場で組み立てようとして初めて、
カメラを固定するプレートをバッグに入れ忘れたことに気づいた。

この日は運よく、三脚ケースをまさぐると予備のプレートが入っていた。
それは助かったものの、そこで数分のロスと「もういいや」という気持ちの削れが発生した。

また別の機会には、帰宅後に撮影データを現像ソフトに放り込んだら突然アップデートを要求され、
それがフリーズして処理が止まり、その日の作業がそれで終わった。

これらの出来事には共通点がある

その場面で私が「普段やらないこと」をやろうとしていた、ということだ。

新しい機能、久しぶりのフィルター、初めての三脚、未確認のソフトウェア
それぞれはどれも正当な「試したいこと」だが、それが一日の中に複数あると、起きたトラブルの原因が特定できなくなる。
失敗しても「何のせいで失敗したか」が分からなければ、その失敗は学習にならない。

原因不明の失敗はただの混乱として記憶に残り、次に活かせない形で消費されていく。

「変える時は1つずつ」

この気づきを一言で表現したのが、とある撮影日の帰り道に自然と口をついて出た次の言葉だ。

「普段やらないことをやりすぎて、とっちらかった。 いろいろやりたくても変えるのは、1つずつ。 その方が結果的に正確だし早い」

このセリフを私はそのまま判断基準にしている。

撮影現場での運用

新しい機能を初めて実戦で使う日は、機材はいつも通りに固定する。
久しぶりのフィルターを持ち出す日は、構図も設定も慣れたやり方で通す。
新しい三脚に慣れる日は、他の撮影パラメータを一切変えない。

「今日試すのはこれ」と一つ決め、それ以外は変化させない。

そうすれば、その一つの変化がアウトプットにどう影響したかが明確に分かる。
成功しても失敗しても、次に確実に活かせる形で手元に残る。

撮影以外への応用

この基準の効く範囲は撮影現場だけには留まらない。

身の回りのあらゆる「新しいことを試す場面」、新しいアプリを新しいOSで使い始める、新しい調理法を新しい鍋で初めて試す、新しいルーティンを新しい道具で始める。

どれも同じ構造を持っている。 変数を一個に絞れば、結果から学べる。

変数が二つ以上あると、学びの質は加速度的に落ちていく。

やることを減らすのではなく、順番を変える

ここで言いたいのは「新しいことを一度にたくさん試すな」という禁欲ルールではない。

新しいものに手を伸ばす感覚は創作の原動力であって、それを削ぐ必要はまったくない。

ただ、同時にやると混乱するだけの話だから、順番をずらせばいい。
どうしても二つ試したい日は、午前中に一つ目を検証し、その結果を踏まえて午後にもう一つ持ち出す。

同時にしない。それだけのことだ。

朝のバッグ詰めの時点で「今日試すのは、このうちどれ?」と自分に問いかける。

この習慣ができてから、撮影現場での散らかり具合は明らかに減った。

何より、一日の終わりに「なんかうまくいかなかった」で終わることがなくなったというのが、一番の変化かもしれない。

学習フェーズと実行フェーズは違う

冒頭のアシスタント時代の話に戻る。

「ワンカットで全てを把握しろ」という教えは、プロとして現場で結果を出すための実行フェーズの話だ。
そこでは複数の変数を同時に読む能力が求められる。

それは正しい。

一方、本記事で書いてきた「変えるのは1つずつ」は学習フェーズの話だ。
新しい機材や機能を自分のものにする段階では、変数を絞って原因と結果を明確にする方が効率的である。
プロの現場で複数同時把握ができるのは、既に一つ一つの変数を体で理解しているからだ。

基礎が身についた上での総合判断であって、ゼロから学ぶ時のやり方ではない。

この二つは矛盾しない。

どちらも正しく、フェーズが違うだけだ。
新しいことを試す時は変数を一つに絞り、慣れてきたら複数同時も扱えるようになる——この順番を逆にすると、混乱だけが残る。