カメラと

カメラと日常の覚書

週末の夜、1日1撮。――重すぎる「正解」を置いて、私は撒き餌レンズと歩き出す

3月1日、夜。 少し湿り気を帯びた風が、冬の終わりを静かに告げている。

6.2km。数字にすれば大した距離ではないけれど、今の私にとっては、新しいリズムを刻むための大切な儀式だ。アスファルトを蹴る足裏の感触が、これまでとは少し違って聞こえる。

仕事のリズムが変わるとき、新しい風が吹く

最近、仕事のリズムが大きく変わろうとしている。 一つの大きな区切りがつき、心に新しい風を感じる余裕が生まれたのかもしれない。せっかくなら、このタイミングでスナップを再開しようと思う。ルールはシンプルに「1日1撮」。

これまでプロとしての「正解」を出すために、重厚なレンズを揃え、その重さをプロ意識の重さとして背負ってきた。けれど、暗がりのウォーキング中、ふと自分の足元に意識を向けたとき、ある違和感がノイズのように混じった。

「その重さは、今の私が街を呼吸するのを邪魔していないか?」

フルサイズの解像度は、今の私を動かしているか?

身体が軽くなるにつれ、思考のピントが合ってくる。 何か新しいことを始める、あるいは、かつての自分に再チャレンジする。そんな転換点に立っている今、私に必要なのは「戦術の再編」だった。

そこでまず考えたのが、機材の「引き算」だ。

例えば、Nikon Zfに40mm f/2。あのヘリテージなデザインとプラスチックレンズの軽快さは、今の気分に最高にマッチする。あるいは、LUMIX S9にパンケーキレンズを付けて、フルサイズの懐の深さをポケットに入れて歩くのも悪くない。

けれど、夜の街を数キロ歩き、いざシャッターを切る瞬間の自分を想像したとき、結局一つの事実に突き当たった。

「やっぱり、OMは手になじむ……」

結局、今の私にはOM SYSTEMが外せない。 マイクロフォーサーズという規格が持つ、あの圧倒的な機動力。そして、どんなに暗い場所でも吸い付くように止まる手ぶれ補正。この安心感は、もはや理屈ではなく身体が覚えている。 もし、これから揃えるとしたら次のような構成だろうか。。。

  • E-M5 Mark III + 20mm F1.7 (or 17mm F1.8) この「撒き餌」と言われる単焦点1本で、夜の街をハックする。OM自慢の補正があれば、F1.8という明るさは夜を歩くには十分すぎる。
  • OM-1 + 12-45mm F4 PRO あえてのF4通し。暗いレンズだけど、驚くほど寄れるし、何より軽い。足りない光量は三脚に頼らず、「手持ち1秒」の低速シャッターという技術でねじ伏せればいい。

足りない描写力は「技術」でハックする

F1.2のボケを捨てて、あえてF1.8やF4の軽いレンズを選ぶ。 足りない描写力は、重さではなく「技術」で埋める。シャッタースピードのブラケットや、面合成(デジタル合成)。ソフトウェアの運用でハードウェアの限界をハックしていくプロセスこそが、停滞していた私の「撮る動機」を心地よく刺激してくれる。

仕事が一段落し、新しいフェーズへ移行するこの空白期間。 私は、重すぎる「正解」を一度防湿庫の奥に置くことに決めた。

知らない自分に会いに行く旅には、これくらいの軽さがちょうどいい。 今夜もまた、手に一番しっくりくる相棒を連れて、暗がりの街へ滑り出そうと思う。