虚構の世界へ潜るための、小さな入り口。今夜はこれに触れる指先も、生姜の刺激でひどく冴えている。
「女心と秋の空」と言うけれど、これからは「春の空」も付け加えたい。
昼間の穏やかさが嘘のように、夜になって風がボーボーと吹き始めた。
カメラを持って外に出るのを諦め、視界は室内の数メートルに固定される。
窓ガラスがガタガタと鳴るたび、何もしないまま一日が死んでいく焦りが、背中を撫でていく。
濁るのをやめて、今日を刻む
こんな夜は、ついお酒に手が伸びそうになる。
けれど、ここで飲む酒は、ただの「逃げ道」でしかない。
今日という日の不完全さを曖昧に塗りつぶすために飲むのではなく、酒はもっと、自分を称えるための「ご褒美」として取っておきたい。
酒を飲んで寝てしまえば、観ていたドラマの余韻も、何を思って過ごしていたのかも、全部ぼんやりと消えてしまう。
目が覚めたとき、昨夜の自分が何に触れていたのか思い出せない。その空白で人生を埋めるのは、やっぱりあまりにも寂しい。
お気に入りのマグカップに、自家製ジンジャエールを淹れた。
炭酸の刺激は、お酒のように優しくはない。喉を焼くような、生姜の鋭い痛み。
けれど、その痛みのおかげで、自分が今ここにいて、この嵐の音を聞いているという感覚だけは、手放さずに済んでいる。
安易な逃げ道を選びそうなとき、この強い刺激が冷蔵庫にあるのは、心強い。
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(作るのが面倒な夜でも、これがあれば「今日」を投げ出さずに済む)
わざわざ生姜を刻む気力すら沸かない夜だってある。
そんなとき、この一本が冷蔵庫に冷えているだけで、自分を濁らす誘惑を踏みとどまらせてくれる。
この一杯が、明日、また新しい気持ちでカメラを構えるための、ささやかな前準備になる。
今日を完結させる力
外の激しい風の音を、逃げずに聞き流す。
あえて剥き出しの意識で夜と向き合うのは、自分の中に「今日」をしっかり繋ぎ止めておくための、ちょっとした暮らしの筋だ。
画面の中で展開される物語を、指先に伝わるマグカップの冷たさを、逃さず脳に刻みつける。
世間の騒がしさから離れて、ただ、覚えていること。
明日の朝、目が覚めたときに、昨夜の自分が何を考えていたのかを鮮明に思い出せる。
そのくらいの真っ直ぐな意識が、今の自分のリズムを支えるにはちょうどいい。
今日を完結させる、最後の一滴
喉を焼く生姜の痛みの先に、いつかこの琥珀色の熱量を流し込む。
その瞬間のために、今はまだ、嵐の音を聞きながら覚醒していたい。
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(この煙たさが、今日という物語を完結させるための、最後の力になる)
この酒を開けるときは、嵐も去り、納得のいく一枚が撮れた後だろう。
その最高のご褒美を、最高の状態で味わうために。
今夜は、ジンジャエールの苦みだけで十分だ。