数十年来の定番。この青いラベルがキッチンから消える日は、すぐそこまで来ている
銀色の内蓋を半分ほど捲り上げたところで、手が止まった。
二十年前と変わらない、甘く香ばしい匂い。けれど、その先にあったのは、記憶とは少し違う「滑らかな表面」だった。
先日、コストコの会員を解約した。
多摩境(たまさかい)に店舗ができたばかりの頃、まだ若かった私は、あの巨大な倉庫がもたらす「非日常」に胸を躍らせて会員になった。
それから二十年近く。何度か継続を迷いながらも、私の生活のどこかには常に「コストコという場所」があった。
その場所を、今、手放すことに決めた。
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今回のポイント
祝祭という名の「摩擦」を減らす
解約の理由は、驚くほど現実的で、少し寂しい。
家の周りには、この数年で多くのスーパーが乱立した。かつては唯一無二の「お祭り」だったあの場所へ向かうための渋滞や、レジ前の喧騒。
それらが今の私にとっては、日常のリズムを乱す「摩擦」に感じられるようになっていた。
わざわざ渋滞にはまってまで遠くの倉庫へ行く必然性が薄れてしまったのだ。
情報を詰め込みすぎ、眩しすぎる祝祭に依存した結果、日々を機嫌よく過ごすための細かなディテールが見えなくなっていたのかもしれない。
エンジニアが不要なコードを削ぎ落とすように、生活の無駄を省くタイミングが来たのだと思う。
内蓋を剥がした瞬間の、微細な違和感。かつての記憶より、表面はフラットだった。
解約の日に最後の瓶として買った、スキッピーのピーナッツバター。
「つぶ入り」のはずなのに、その中身は、驚くほどフラットで、記憶にあるゴロゴロとした凹凸を失っていた。
しばらく離れていた間に、商品の仕様が変わったのか、あるいは私自身の感性が書き換わってしまったのか。
それは、一つの時代の終わりを告げる、静かな合図のように見えた。
業務スーパーへの移行、あるいは新しい日常へ
ふと横を見るとキッチンには、先日「業務スーパー」で買った無骨なラベルの瓶が並んでいる。
これまでの習慣を支えてくれた最後の一瓶と、これからの日常を支える一瓶。
二つが並ぶキッチンで、私は今、自分に合った生活のペースを整え直している。
特別な場所へ行かなくても、内蓋が剥がれかけた瓶の中に、考えるべきことはたくさんある。
昨日の料理で楽しんだ「たけのこ」の食感のように、日常の質は、こうした小さな選択の積み重ねで決まるのだ。
「わざわざ」を捨てて、身近な場所を選び直す。
最後の一瓶を使い切る頃には、業務スーパーのあの素っ気ない瓶が、私の新しい日常として、もっと深く馴染んでいるはずだ。
今回の学び
長年の習慣を辞める時、最後に買う「いつもの品」は、過去の自分との決別を映し出す鏡になる。
違和感に気づけたなら、それは次のステップへ進む準備ができたということだ。
次にピーナッツバターを新調する時は、ブランドの記号性ではなく、今の私が求める「CHUNK(塊)」の質感で選び直したい。
日常の記録を、ありのままに残すための標準レンズ。この軽さが、今の私の歩幅に合っている。
[M.ZUIKO DIGITAL 17mm F1.8]
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20年前から変わらない、朝の定番。
自分の感覚の変化を測るための基準として、やはり最後の一瓶は記録に残しておきたい。
[SKIPPY ピーナッツバター スーパーチャンク]
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