カメラと

カメラと日常の覚書

フロントガラスの解像度を戻す。15時からの洗車と、ハートを見つけたミントで一杯。

黄砂で汚れたフロントガラスを磨き上げた後の、静かなリフレッシュタイム。偶然見つけたハート型のミントと、OM-1で切り取った日常の調律記録。

あく抜きを終えた「白」の行方。——袋麺のパッケージに旬を調律する

収穫したたけのこをあく抜きし、薄切りにしてインスタント麺へ。「楽な方に流れた自分」を肯定するために、お昼前の数分、パッケージをお手本に盛り付けを真似る。カメラマンの少し気の抜けた、けれど楽しい日常の記録。

その記事に「名前」はあるか?——URLの書き換えと、デスクに貼った小さな付箋

はてなブログのカスタムURL設定ミス。スター消失の痛みから、モニター横に「付箋」を貼るというアナログな解決策に至るまでの、格闘と調律の全プロセス。

三度目の正直。馴染みの竹林で出会った「今年初めての味覚」と、回り込みの格闘

二度の空振りを経て、三度目の正直で出会ったタケノコ。石や根に拒まれる土中での格闘と、それを「今年初めての味覚」として食卓へ運ぶまでの、泥臭い実践の記録。

入学式前撮りで学んだこと。SS 1/500は子供撮影の命綱だった。

4月2日、公園でのランドセル前撮り。 卒園式の反省を持ち込み、SS 1/500を死守した日の記録。 公園の混雑・西日・子供の集中力。 そして12-100mm F4と12-40mm F2.8の話。

オリオン座か碍子か。1日1撮の倦怠期をG5 Xで突破する

1日1撮開始から1ヶ月。OM-1による「予測のつく正解」に飽き、操作を忘れたコンデジG5 Xを握ってサンダルで出た夜の記録。碍子を星と見間違えた瞬間に、作品意識は溶けた。

式典撮影でストロボは嘘をつく。卒業式・入学式の前に知っておくこと。

前日テストでGODOX TT600が幕切れを連発した。 直ったのに、信頼しなかった。卒業式・入学式は一発勝負だ。 その判断の経緯と、次の自分への申し送りを書く。

HDR自動合成という「楽園」を去る。私が「7枚設定」のAEBへ回帰した理由

夜間スナップでHDR1/2が強いるISO 200の限界を突破。露出ブラケット(AEB)による 素材確保と、PC現像による「表現の主導権」の奪還を綴る連載第3回。

「HDR」へのピントを合わせ直す。それは加工ではなく、光の再現だった

不動産撮影時代から続くHDRの常識をアップデート。OM-1がISO 200を強いる理由と、 最新規格ゲインマップ(ISO 21496-1)が変える「光の再現」の定義。連載第2回。

夜のバス停、白飛びする光。私はOM-1のメニューを深く潜った

OM-1のHDR機能(HDR1/2)を使用するとISO感度が200にロックされる。夜間撮影で直面した「機材の正解」と「現場の自由」の乖離を綴る連載第1回。

【週末の全損】渋谷の写真展、腹痛で「行かない」と決めた15分。

楽しみにしていた写真展の当日、突如襲った腹痛。予定をすべてキャンセルし「全損」を受け入れたフリーランスの葛藤と、自分を健やかに運用するための「雨宿り」のルールを綴る。

「あと数日」の未練を、ゴミ箱へ叩きつけた夜。

花粉症の季節。2ヶ月経った目薬を捨てられない未練。医療SE時代の潔癖さと現在の停滞が衝突する、深夜の独白。

「斜め上」という名の、退屈な45度を棄てる。——40代、15度の乖離に宿る「個」の現像。

世間が言う「斜め上」は、実は退屈な45度の予定調和に過ぎない。20代のSE、30代の職人を経て、40代のカメラマンが辿り着いた「斜め60度」という誠実な境界線。15度の乖離が、記録を表現に変える瞬間を語る。

ハーフが戻ってきた2026年。元祖OMの沈黙が刺さる。

富士フイルム「X half」の実機に触れた。隣にはPENTAX 17がある。それなのに元祖・OMの名前が聞こえない。その「不在」が何を意味するか、E-M10を持ち歩く私が考える。

「20%の割引」よりも「100%の納得」を。PureRAW 6更新を見送り、手元のVer.5を信じ抜く決断。

DxO PureRAW 6がリリース。最新のXD3エンジンや圧縮DNGの凄さを認めつつも、LRCの進化と手元のVer.5への信頼から更新を見送った理由を綴ります。マイクロフォーサーズにおける高感度現像と「戦場の不在」という葛藤。